M&A伴走という思想

私が「M&A伴走税理士」になるまで

税理士になって何年も経ったころ、顧問先の酒販店が経営難に陥りました。

売上は落ち続け、資金繰りは限界に近づいていました。私は毎年決算を組み、財務状況を把握していました。社長の人柄も、事業の歴史も、従業員たちの顔も知っていました。それでも、私にできることは何もありませんでした。

「廃業するしかない」

そう結論づけるほかありませんでした。その後、社長は失踪し、破産しました。

あとから気づいたのは、もし私がM&Aという選択肢を知っていれば、話は違ったかもしれないということです。譲渡価格がゼロでも、経営を誰かに引き継ぐことができました。従業員の雇用を守れた可能性がありました。「廃業しかない」は、私の無知が作り出した結論でした。

その無力感が、すべての出発点です。

三重の壁が、地域の雇用を奪う

しばらく後、山形県の土産物店から相談が届きました。「廃業を考えているが、譲渡も可能か」という内容でした。

調べると、壁が三つありました。物理的な距離、仲介会社の最低成功報酬500万円、そして地元の顧問税理士が「M&Aの実務は知らない」と答えていたことです。

誰も動けないまま、その店は廃業しました。

地域の雇用が消え、店主の想いが次代に渡ることもなく、静かに幕を下ろしました。この構造は、日本中のどこにでも存在しています。廃業という結末は、選択の結果ではなく、選択肢がなかった結果であることが多いのです。

税理士が顧問先のM&Aに関われないのは、知識の問題だけではありません。「税理士はM&Aの担い手である」という認識が、業界にも顧客にも育っていないことが根本の問題です。

仲介依存が生む、構造的な矛盾

私はかつて、仲介業務にも関わりました。そこで見えてきたのは、善意だけでは解決できない構造的な問題でした。

仲介会社のビジネスモデルは成功報酬型です。案件が成立しなければ報酬は発生しません。担当者の年収が2,000〜3,000万円に達するケースもあると聞きます。その報酬は、案件の成立に紐づいています。

「この案件は危険です。やめましょう」と言うことは、自分の報酬を捨てることを意味します。DDで簿外債務が発覚しても、成立を優先する圧力が構造的に生まれます。意図的な悪意がなくとも、インセンティブ設計がそう動かすのです。

買い手には、本当の意味での専門家がいません。財務状況を正面から検証する人間がいないまま、高値で買わされます。キーマン退職リスクを見落とします。簿外の社会保険料未払いを引き継ぎます。

そして税理士側にも損失が生まれます。顧問先が銀行や仲介会社に直接相談してM&Aが進んだとき、税理士は二重の損失を被ります。顧問契約の終了と、関与フィーの喪失です。顧問先がM&Aを検討していることすら知らされず、気づいたら「顧問解除」の通知が届きます。

これは、顧問先にとっても、顧問税理士にとっても不幸な結末です。

「やめましょう」と言える。それが最大の強みです

私がM&A伴走税理士として活動する核心は、ここにあります。

月次顧問報酬というストック型の報酬モデルで収益を得ている税理士は、案件が成立しなくても、当に顧問先のことを想って助言ができます。だからこそ、リスクが高いと判断した案件に対して、冷静に「このM&Aはやめましょう」と進言できます。

これは小さなことに聞こえるかもしれませんが、実際の現場では圧倒的な差を生みます。

DDの途中でリスクを発見し、ストップをかけました。その後、顧問先の社長から「あの時止めてもらって本当に良かった」と言われ、別の案件で再び相談が来ました。信頼とは、成功を一緒に喜ぶときより、損失を未然に防いだときに深まるものだと実感しています。

仲介会社がストップをかけにくい構造の中で、顧問税理士はむしろストップをかけることで評価されます。この逆説が、M&A伴走税理士というモデルの本質です。

税理士には、誰も持っていない情報資産があります

税理士は、顧問先の財務データだけを見ているわけではありません。

何年もかけて、決算書の変遷を追ってきました。事業のビジネスモデルを理解し、経営者の判断の癖も知っています。業種ごとの利益率の違いも、季節変動の構造も、肌感覚で持っています。

そして何より、経営者が本音を打ち明けられる関係があります。

「本当は廃業したくない。でも後継者もいない」——そんな言葉は、仲介会社の営業担当者には言いにくいものです。銀行の担当者にも言いづらい。だが、長年顧問として寄り添ってきた税理士には話せます。

この関係性こそが、外部から模倣できない参入障壁です。財務知識と信頼関係の掛け合わせが、税理士をM&Aの本質的な担い手にします。

ただし、一人で全てを担う必要はありません。法務DDは弁護士に、ビジネスDDは中小企業診断士に依頼する連携体制が現実的です。財務・税務という核心を自ら担い、専門家チームとして動く。それが品質を保ちながらM&Aを完結させるモデルになります。

PMIこそが、本当の山場です

M&Aで最も重要な局面は、クロージングではありません。

よく「M&Aは成立がゴール」と語られますが、それは結婚式を「夫婦生活のゴール」と呼ぶようなものです。式の後に始まる共同生活——それがPMI(統合後経営)であり、そこでこそM&Aの成否が決まります。

私が支援するモデルは一本の線でつながっています。

まず「セカンドオピニオン」として関与します。仲介会社が持ってきた案件が本当に妥当か、第三者として検証します。次にDD(財務デューデリジェンス)で、棚卸資産の過大計上、簿外の未払い債務、キーマン退職リスクなどを洗い出します。DDは「リスクをゼロにするプロセス」ではありません。「リスクを把握した上で意思決定できる状態を作るプロセス」です。

そしてM&A成立後、PMIで統合の実行を支えます。DDで発見した懸念事項を契約書に落とし込み、PMIで解消し、その後の継続顧問でモニタリングします。このサイクルが、顧問先の利益を最大化し、税理士としての報酬も途切れさせません。

一度このプロセスを経験した顧客は、繰り返し依頼する傾向があります。「M&Aに強い税理士」という存在はまだ希少であり、紹介が紹介を呼ぶ構造が生まれます。

この思想を、業界の標準にしたい

M&A伴走税理士という概念は、まだ業界に広まっていません。だからこそ、今がその概念を広げる時期だと考えています。

税理士がM&Aから距離を置く理由は、大きく三つあります。知識不足と「自分の仕事ではない」という認識、リスクへの忌避感、そして日常業務の多忙さです。どれも理解できます。私自身もそこを通ってきました。

だが、逆に言えばこれらは乗り越えられる壁です。知識は体系化できます。リスクはストック型報酬モデルで分散できます。多忙な時期はセカンドオピニオンという軽い関与から始め、徐々に深めればいいのです。

「顧問先のためにM&Aに関わる税理士を増やしたい」——これが私の活動の目的です。自分一人がM&Aに強くなっても、日本中に存在する廃業予備軍と、支援者のいない買い手を救うことはできません。

税理士こそが買い手の本当のパートナーになれます。この思想を実践する仲間を、私は増やしたいと思っています。

一緒に、この概念を広げませんか

もしあなたが「顧問先のM&Aに関われていない」と感じているなら、あるいは「M&Aに関わりたいが実務の道筋が見えない」と感じているなら、まずここから始めてください。

私が運営する育成プログラムでは、M&A伴走税理士として実践できる知識と、実際に動けるモデルを体系的に学べる場を提供しています。知識だけでなく、「自分の事務所でどう動かすか」という設計まで一緒に考える場です。

顧問先を守れる税理士が、もっと増えてほしい。その思いが、すべての出発点です。

都 鍾洵(みやこ しょうじゅん)/税理士・マイクロM&A士協会代表
M&A伴走税理士として、買い手支援に特化したM&A実務と税理士向け育成に取り組んでいます。