税理士事務所のM&Aは「価格」より「条件」——統合を経験して分かった3つの判断基準

私はかつて自ら経営していた税理士法人をM&Aによって統合し、その後は統合先の法人に加わるという経験をしました。良かったこともあれば、思うようにいかなかったこともあります。その1年半あまりを振り返って、いま強く実感しているのは、税理士事務所のM&Aで本当に大切なのは「価格」よりも「条件」だということです。

本コラムでは、統合の当事者として学んだことを、これからM&Aを検討される先生方に向けて整理します。

なぜ今、税理士事務所のM&Aが増えているのか

近年、税理士事務所のM&Aに関するご相談を数多くいただくようになりました。背景には、主に3つの要因があると考えています。

  • 後継者の問題:所内に後継者が見当たらず、事業の引き継ぎ先を外部に求めるケース。
  • 人材の問題:若い担当者の採用が難しく、大手やグループに加わることで人材確保の可能性を広げたいというニーズ。
  • 規模のメリット:相次ぐ税制改正に一人では対応しきれない中で、多くの税理士と情報交換できる環境や、充実した研修制度を得たいという動機。

こうした規模のメリットを活かして運営する方が、従業員にとっても、そして顧問先にとっても幸せなのではないか——私自身も、そう考えてM&Aに踏み切った一人でした。

価格より条件——統合当事者として実感した3つの判断基準

実際にM&Aを経験して痛感したのは、金額の多寡以上に「どのような条件で一緒になるか」が、その後の満足度を大きく左右するということです。とりわけ、次の3つは契約前にしっかりと確認しておくべきだと感じています。

判断基準① 権限:意思決定の範囲とスピード

私がもっとも重視したのが、この権限の問題です。統合後に自分がどこまで意思決定できるのか、その範囲はどこまでか、どのようなスピードで物事が決まっていくのか。そもそも意思決定の仕組みが存在するのか——。ここが曖昧なまま統合を進めると、日々の業務で少なからず戸惑うことになります。

判断基準② 組織文化:待遇・有給・残業の実態

次に見るべきは、組織文化です。従業員の待遇はどうなっているか、有給休暇は実際にどの程度取得されているのか、残業はどのくらいあるのか。制度として整っているかだけでなく、「実態」としてどう運用されているかを確認することが欠かせません。

判断基準③ 顧客対応と仕事の進め方

見落とされがちですが、日々の業務満足度を左右するのが、顧客対応と仕事の進め方です。お客様とのやり取りはZoomなのか、毎月の訪問なのか。チェックは何回入るのか。月次や決算処理はどのような流れで進めるのか。こうした実務フローは、統合後に毎日向き合う部分だからこそ、事前にすり合わせておくべきです。

正直なところ、税理士事務所のM&Aは、やってみないと分からない部分が多いのも事実です。だからこそ、これらの条件をあらかじめ丁寧に確認したうえで進めていくことが大切だと、身をもって実感しました。

税理士のM&A支援における本質的役割——「仲介者」ではなく「安全装置」

こうした経験を通じて改めて感じたのが、顧問先に対する私たち税理士のM&A支援の役割です。

税理士は、必ずしもM&Aの仲介者になる必要はありません。もちろん、仲介者が見つかりにくい小規模なM&Aでは、税理士が仲介を担ってもよいでしょう。ただ、そこに重きを置くのではなく、私たちは顧問先の「安全装置」にならなければならないと考えています。

社長が安心して事業を続けられる。安心して事業や資産を託せる。そうしたアドバイスを通じて、顧問先の安全装置としての役割を果たすこと——それこそが、税理士だからこそできるM&A支援の本質だと感じています。

これからも、税理士が支援するM&Aの役割や、事業承継、そして「小さなM&A」といったテーマで発信を続けてまいります。

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執筆者

都 鍾洵(みやこ しょうじゅん)のアバター 都 鍾洵(みやこ しょうじゅん) 税理士/買収顧問・みやこ税理士事務所 代表

M&A伴走税理士。月次顧問を土台に、買い手支援を主軸として財務DD・M&A実行・統合後支援(PMI)まで一気通貫で伴走する。譲渡を考える経営者の出口設計にも応じ、税務・財務の両面から意思決定を支える。マイクロM&A士協会代表。NHK出演・幻冬舎ゴールドオンライン連載・著書『無責任廃業』。兵庫県西宮市を拠点に全国対応。