先日、ある税理士の先生とお話ししていて、「税理士事務所って、ところで売れるの?」という話題になりました。そこで今回は、税理士事務所M&Aの相場・条件・落とし穴を、経験者である私自身の視点から解説します。
先生方には、こんな疑問がありませんでしょうか。
- そもそも税理士事務所は売れるのか
- いくらで売れるのか
- 買い手なんているのか
この3点を詳しくご説明したうえで、最後に、もしかすると一番大切かもしれないポイントをお話しします。ぜひ最後までお読みください。
結論から言えば、売れます。ただし条件次第です。
そもそも税理士事務所は売れるのか——売れる3つの理由
① ストック収益である
税理士事務所の収益は、顧問料を中心とした積み上げ型のストック収益です。毎月安定的に収益が入り、M&Aした翌日から売上が立ちます。これは買い手にとって非常に魅力的な収益モデルです。
② 顧客基盤がある
長年の信頼関係は簡単には切れません。買ってすぐ顧問先がいなくなることは通常なく、事務所と顧問先の関係がそのまま価値になります。さらに、たとえば顧問先が100社あれば、その100社に自社の別サービスを提供することもできます(クロスセル)。
③ 人材を引き継げる
採用に苦しむ事務所は多いはずです。M&Aであれば、採用コストをかけずに経験者チームをまるごと引き継げます。
逆に、売れにくい4つの理由
① 顧客が所長個人についている
顧問先が「所長個人」についている状態は、買い手が最も恐れるリスクです。スーパーマンのような所長や、資格はなくとも優秀な番頭(キーマン)が抜けた瞬間、顧問先も残る理由を失って離れてしまう——これが売れにくい最大の要因です。
② 顧客の高齢化
顧問先の社長が70〜80代中心で、数はあっても1〜2年で廃業が見えているケースです。廃業・相続で収益が右肩下がりになると読めてしまう事業は、やはり売りにくくなります。ただし「相続関連の収益が増える」と見込む買い手もいるため、事務所の強みとしてPRできる場合もあります。
③ 利益が低い
売上があっても利益が薄い、まして赤字の事業は価格がつきにくいものです。M&Aを検討する前に、経費構造を見直し、恒常的に黒字が出ている状態をつくってから臨むことをお勧めします。
④ 人材不足
スタッフ0、または所長1人の事務所は、買い手にとって引き継ぎリスクが高く、新規採用も難しいため、手を挙げる買い手が少なくなりがちです。
いくらで売れるのか——相場の目安
気になるお金の話です。あくまで目安ですが、次のように考えてください。
- 年商ベース:おおむね70%〜150%。規模や安定性、前述のリスクの有無によって変動しますが、一般的には「1年分ぐらい」を基準に、そこから上下すると理解いただくと大きく外しません。
- 利益ベース:営業利益の2〜5年分(事業譲渡を想定)。何年で回収できるかという観点です。
ただし税理士事務所に会計法人がついてくることもあり、BS(貸借対照表)、規模感、地域、顧客構成、スタッフの状況によっても大きく変わります。あくまで目安としてご理解ください。
買い手はいるのか——買い手が求める3つのもの
買い手はいます。基本は同業(税理士事務所・税理士法人)ですが、会計ソフト会社などの事業会社や、弁護士法人など他士業が買い手になる可能性もあります。その買い手が求めるものは、主に次の3つです。
① 売上・エリアの拡大
買い手の事業計画に沿って売上・利益を拡大したい、あるいは最初から「M&Aする」と計画に織り込んでいるケース。同一エリア(たとえば大阪・中央区のような激戦区)でライバルを吸収して競争優位を得る、あるいは福岡の事務所が大阪へ進出する際にゼロから作るより既存基盤を買う、といった戦略です。
② 人材の確保
優秀な経験者の採用は大手でも難しいものです。人材確保を目的にM&Aを行う買い手もいます。
③ メニューの獲得
売り手が自社にないメニュー(相続、補助金、資金調達、事業計画、AI活用、M&Aなど)を持っている場合、それを双方の顧客に提供することで、顧客満足度と収益を同時に高められます。
価格より「条件」がすべて——確認すべき3つの条件
ここからが、経験上もっとも重要なポイントです。価格よりも条件がすべてだと、私は考えています。
① 引き継ぎの条件
先生が残るのか残らないのか、いつまで関与し、どこまで責任を持つのか。ここを曖昧にすると、売った後に地獄を見ることがあります。特に残る場合は(私も前回残りました)、業務範囲はどこまでか、数字にも責任を持つのかを確認し、確認するだけでなく必ず文書に残すことが重要です。
② 従業員の処遇
個人的には、これが一番大切だと思っています。これまで一緒に働いてきた従業員がどう処遇されるのか。極端な話、解雇されては元も子もありません。雇用継続の約束は必ず確認し、契約書に明記します。有給の使い方、残業代、勤務時間についても、今の条件と相違がないか、相違があるならどう調整するかを事前に確認し、書面に残してください。
③ 顧客への説明
「経営統合しました」という説明を、いつ・誰が・どのように顧客へ伝えるのか。ここが曖昧なまま進めると、信頼を失い顧客離れを招きかねません。契約書までいかずとも、後で「言った・言わない」にならないよう、書面に残しておくことをお勧めします。
納得できる結果にするためのポイント(私見)
ここからは私の個人的な意見が強く入りますので、参考程度にお聞きください。ただ、一番気持ちの入るところです。
- 右肩上がりの収益をつくる:相手の立場に立てば、右肩下がりの収益は「来年どうなるのか」と不安になり、価格も下がります。少なくとも維持されると見える右肩上がりの収益は、価格が上がりやすくなります。
- 譲渡価格を高くしすぎない:矛盾するようですが、高すぎる価格は後で困ります。年間収益1000万円と見込んで3000万円で買ったのに実際は500万円しかなかった——そうなると買い手は無理をします。従業員の給料を下げ、顧問料をむやみに上げ、事務所も従業員も疲弊します。適正な価格をつけてください。
- 条件を高く見積もりすぎない:自分が育てた事業は評価が高くなりがちです。気持ちは分かりますが、条件が高すぎると相手が見つからず、結局売れません。買い手の「買ってやる」という上から目線が問題になるのと同様、売り手の過大評価も譲渡先を失う原因になります。常識的な範囲に設定しましょう。
- 最後は自分の責任:うまくいけば従業員も喜んでくれますが、失敗や後悔があれば、その批判は自分が一身に受けることになります。その覚悟を持って、しっかり条件を詰めていきましょう。
後悔しないよう、ご自身の状況に照らして漏れがないか確認してみてください。これからも、M&Aをテーマに現場のリアルを発信してまいります。
