今回は、M&Aに関する税金と節税のポイントを解説します。印紙税から始まり、M&A準備金まで、FAや税理士が知っておくべき5つの税務ポイントを、どのタイミングで節税できるのかという視点も交えて一気に見ていきましょう。
① 印紙税——契約書の種類で大きく変わる
意外と見落としがちなのが印紙税です。どの書類かによって、扱いは大きく変わります。
| 契約書 | 印紙税 | ポイント |
|---|---|---|
| 事業譲渡契約書 | 課税 | 「営業の譲渡に関する契約書」として第1号文書に該当 |
| 株式譲渡契約書(SPA) | 非課税 | 金額にかかわらず印紙は不要 |
| 基本合意書(LOI) | 原則非課税 | 事業譲渡と変わらない内容だと課税の可能性 |
| 秘密保持契約(NDA) | 原則非課税 | 委託契約と一体になっていると課税の可能性 |
| クロージング書類 | 個別判断 | 領収書などは課税。合意書等はそれぞれ判断が必要 |
基本合意書については、「法的拘束力を有しない」旨を記載しておけば、基本的には非課税と考えて差し支えありません。一方、「何億円で譲渡する」といった事業譲渡と実質的に変わらない内容になっている場合は、課税の可能性が出てきますのでご注意ください。
節税ポイント:電子契約にする
書面であれば事業譲渡契約書などに印紙が必要ですが、電子契約であればそもそも紙の文書ではないため印紙税がかかりません。電子契約を活用しましょう。
② 売り手の税金——株式譲渡と事業譲渡で何が変わるか
| 項目 | 株式譲渡(個人オーナー) | 事業譲渡(法人) |
|---|---|---|
| 税率 | 20.315% | 約30〜34%(法人実効税率) |
| 申告区分 | 申告分離課税・確定申告が必要 | 法人の通常の決算 |
| 課税対象 | 譲渡益(利益部分) | 事業譲渡による利益 |
| 源泉徴収 | なし | — |
| 消費税 | なし | 資産区分ごとに課税判定が必要 |
| 入金先 | オーナー個人 | 法人口座 |
| 手取りイメージ | 約80% | 個人へ移す際に別途課税 |
大きく違うのが入金先です。株式譲渡ならオーナー個人に入金されますが、事業譲渡の場合は当然、法人の口座に入ります。それを個人に移すには役員報酬や退職金という形をとることになり、その際に別途税金がかかる可能性があります。
つまり売り手にとっては、税率だけを見れば株式譲渡(約20%)が有利です。ただし繰越欠損金がある場合や、そもそも譲渡益がさほど出ない場合など、消費税も含めたスキームの検討が必要です。
なお、ここまでは法人の話です。個人事業者が事業譲渡する場合は、総合課税(5%〜45%)になったり分離課税になったりと、譲渡する資産の種類によって課税区分が変わります。論点が多岐にわたるため、個別事案ごとに課税区分を丁寧に確認する必要があります。
③ 消費税の落とし穴——資産区分ごとの判定
事業譲渡の場合、消費税は資産の区分に応じて課否を判定する必要があります。
| 資産 | 消費税 |
|---|---|
| 棚卸資産 | 課税 |
| 有形固定資産 | 課税 |
| 無形固定資産 | 課税 |
| のれん(営業権) | 課税(見落としやすい) |
| 土地 | 非課税 |
| 建物 | 課税 |
| 有価証券 | 非課税 |
| 売掛金・預金 | 対象外 |
特に忘れがちなのがのれん(営業権)です。ここも課税対象になります。
節税ポイント
消費税はなかなか節税できません。したがって、そもそも事業譲渡にしない=株式譲渡にしておくことが、消費税を抑えるポイントになります。
④ 役員退職金——M&A最大の節税ポイント
ここがM&Aにおける最大の節税ポイントです。そのからくりをお話しします。
退職金の上限
まず上限は次の式で計算します。
最終の月額役員報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
なぜ節税になるのか
退職金には、退職後の生活を担保するという意味合いがあります。そのため優遇されており、ポイントは2つです。
1. 退職所得控除額を差し引ける
- 勤続年数20年以下:40万円 × 勤続年数
- 勤続年数20年超:800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)
2. 控除後の残額の1/2だけが課税対象になる
退職所得控除を引いたうえ、さらに1/2にしてくれる。ここが節税になる最大の理由です。税率は累進課税ですが、他の所得とは分離され、合算されない点もポイントです。
具体例で見る
月額役員報酬100万円、勤続年数30年の代表者のケースで計算してみましょう。
- 退職金の上限:100万円 × 30年 × 功績倍率3.0 = 9,000万円
- 退職所得控除額:800万円 + 70万円 ×(30年 − 20年)= 1,500万円
- 課税対象:(9,000万円 − 1,500万円)× 1/2 = 3,750万円
- 税額:所得税・住民税あわせて概算 約1,620万円
- 手取り:約7,380万円(実効税率およそ18%)
株式譲渡の20.315%と比べても低い税率に抑えられることが分かります。
注意点
- 過大役員退職給与:功績倍率を3.0ではなく4.0や5.0にすると、「不相当に高額」として税務否認のリスクがあります。
- 分掌変更:代表取締役から取締役会長へ、といった役員区分の変更を分掌変更といいます。登記を変えるだけで実態が変わっていないと見られると否認リスクがありますので、実態もしっかり整えてください。
- 株価への影響:退職金を支給して利益を圧縮したうえで株価を算定するなど、M&Aのスキーム全体で考えると税負担が下がる場合があります。あわせてご検討ください。
⑤ 買い手が使える税制——M&A準備金
最後は買い手側です。中小企業の事業再編を後押しする準備金の制度があり、現在2つの制度が走っています。
| 項目 | 現行制度 | 拡充制度 |
|---|---|---|
| 損金算入(積立)率 | 取得価額の70% | 90%(2回目以降は100%) |
| 取得価額の上限 | 10億円以下 | 1億円〜100億円 |
| 据置期間 | 5年 | 10年 |
| 取崩(益金算入) | 5年後から5年間で均等 | 10年後から5年間で均等 |
| 必要な認定 | 経営力向上計画 | 主務大臣の認定 |
なぜこの制度があるのか
たとえば1億円で株式を取得した場合、キャッシュは1億円出ていくのに経費にはなりません。これは相当に痛いものです。そこでM&Aを推進するため、取得価額1億円のうち70%=7,000万円を一度に損金算入できるという制度が設けられています。
その後、5年間据え置いたうえで、5年後から5年間かけて1,400万円ずつ均等に益金算入していきます。
拡充制度では積立率が90%(2回目以降は100%)となり、据置期間は10年、その後5年間で均等に取り崩します。1億円を損金算入した場合、10年据え置いて、そこから5年にわたり2,000万円ずつ益金算入するイメージです。取得価額の上限が100億円までと、やや規模の大きいM&Aに使える税制です。計画は主務大臣に提出します(たとえば運送業なら国土交通大臣、といった具合です)。
重要な注意点
損金に算入した金額と、後に益金に算入する金額は同額です。つまりこれは課税の繰延であって、減税ではありません。拡充制度で一旦100%損金算入できる場合も、全額が非課税になるわけではない点にご注意ください。
おまけ:富裕層税制と、非居住者オーナーの論点
富裕層税制(極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置)
合計所得金額が3.3億円を超える部分に対して追加課税される制度があります。株式の譲渡益が3.3億円を超えるような場合、実質的な税率が20.315%ではなく22.5%程度になることがあります。事前の試算が欠かせません。
売り手オーナーが非居住者・外国法人の場合
買い手に源泉徴収義務が生じる場合があります。租税条約も絡んでくる論点ですので、売り手オーナーが外国の方・外国法人であるケースでは特にご注意ください。
M&Aの税務は、スキームの選択次第で手取りが大きく変わります。どのタイミングで何を検討すべきかを押さえ、早い段階で試算を示せるように備えておきたいところです。
